
モーニング娘。'17 10期メンバー・佐藤優樹(さとうまさき)18歳
なぜ佐藤優樹は、自身が目指すべきパフォーマンスについて後藤真希や高橋愛を挙げるのか。
それを知るためには、佐藤優樹の孤独に触れる必要がある。
常識の外から来た少女
「お前さんは馬鹿だから、ここで鍛えてもらったほうがいい」
佐藤優樹の父親は、その教育の仕上げとして、娘をアップフロントへ預けた。
おおよそ日本の義務教育を通過してきたとは思えないような、規格外の言動で、佐藤優樹はモーニング娘。ファンのあいだで話題となる。
特に工藤遥とのコンビ”まーどぅー”は、往年の辻&加護を思わせるような最年少コンビだったが、辻&加護が装飾的な可愛さだったのに対し、佐藤のそれは、時に見るものを不安にさせる。
それは佐藤優樹が、キリスト教的価値観が一般道徳にまで浸透した現代社会においては、矯正されるべきカオスそのものだからにほかならない。だが、我々は、その悪魔的魅力に惹かれる。
西口社長が「ハローで一番アンコントローラブル」と表現したように、教育から生活までをトータルにカバーするアップフロントだからこそマネージメントすることができる存在。同時に、アップフロントの外では存在を許されない。
何を言い出すかわからないため、テレビはおろか、ラジオにさえ出演する機会は極端に少ない。テレビでも後ろの方で控えめに座っている場合が多く、事情をよく知ったスタッフが制作するラジオ番組だけが、彼女の唯一のレギュラーだ。
だから、加入五年以上経った今でも、佐藤優樹の多くは謎に包まれ、その言動が常に新鮮な驚きを与えてくれる。
佐藤優樹は思考する
「メンバーに北海道の雪を見せてあげたいと思った」
佐藤優樹の、加入当初のエピソードだ。
北海道出身の彼女は、実家に帰省した際、北海道のバウダースノウをメンバーに見せてあげたいと、雪を容器に入れ、空輸を試みるも、当然ながら失敗した(雪は溶けた)。
ひとつの笑い話。
まるでギャグマンガのような、そんな佐藤の行動やエピソードは、ギャグとして受け入れられることが多い。我々の日常とのギャップが、笑いを生んでいる。
次はどんなことをやってくれるのか、どんな言葉を発明するのかと、ファンは期待している。
しかしその実、我々はどれほど佐藤優樹の孤独について考える事があるだろうか。
ほかのメンバーよりも一時間早くスタジオに入り、ラジオの台本に使われている漢字の読みを一つずつ勉強する、そのストレスを。
日本語の半分がわからず、今までの生活とは全く違う常識の中に放り込まれた戸惑いを。
大好きなメンバーとすら共通言語を持たない、実存の危うさを。
何も考えていないような佐藤優樹の言動は「バカだなぁ」の一言で片付けられることが多い。
だが彼女は、実際は多くのことを考えているかもしれない。
吃音の悩みを持つ者が、言い出せなかった言葉を、口の中で繰り返すように、佐藤優樹も、言語化できなかった自分の思いを、どう伝えればいいのかを、常に考えているのかもしれない。
佐藤は時として、我々をハッとさせる言葉を発する。
それは彼女の思考の断片だ。
ほかのメンバーのように、思いついたことをすぐには言葉にできず、ただひたすら、自分の中で抱え続けた思いの強さが、言葉の持つ本来の意味以上のなにかを付加する。
佐藤優樹が、メンバーを独特のニックネームで呼ぶのも、孤独の裏返しだ。
自分とそのメンバーだけの共通言語を持とうとしている。
まるで、自分と世界とのつながりを探すように。
自分はここにいると、叫ぶように。
個人的に一番好きな鞘師×佐藤の画像
ふたりの関係がよく表れている
レギオン
だが佐藤優樹には、音楽があった。
キメラ的に施された情操教育の中で、彼女に染み付いた、絶対音感と、正確なリズムへの執着。
ステージ上でパフォーマンスをしたとき、彼女は、自分だけの言語を見つけた。
何千人という観客に、一瞬で自分の思いが伝わったのを感じた時、彼女はエクスタシーにも似た快感を覚える。
それまでの孤独な日々が、戸惑いと混乱の日々が、無駄ではなかったことを知る。
だからこそ、自分よりもうまく言語を操る、田中れいなや鞘師里保へのあこがれを強めていく。その先にある、後藤真希、高橋愛のパフォーマンスも、佐藤優樹は貪欲に取り込んでゆく。
合成を繰り返すたびに強度を増す、アマルガム。
個の中に他者を持つレギオン。
彼女のパフォーマンスは強烈で、見るものに多くの感情をもたらす。
獣のように獰猛で、獣のように美しく、獣のように直情的。
佐藤優樹には、「いま」しかないのだ。
体が悲鳴を上げようと、自分の理想とする形へと自分をはめ込もうとする。
演出家に眉をひそめられることになろうと、喉の限界へ迫ろうとする。
すべては、想いを伝えるために。
規格外の存在というイメージのため、才能によってステージに立っていると思われがちだが、佐藤優樹もまた、鞘師里保と同じ努力の人なのだ。
佐藤優樹は変わり続ける
そんな佐藤優樹が、少しだけこの世界の泳ぎ方を覚え始めた時、後輩の12期が入ってきた。
佐藤優樹、15歳の頃だ。
最初から絶対なる自己を持って入ってきた小田さくらと違い、自分と同じように戸惑いを持ってモーニング娘。に入ってきた後輩たち。
佐藤優樹は、そんな後輩たちに、積極的に関わってゆく。
それまでの彼女を知るものにとって、これは事件として受け止められた。
佐藤優樹が、先輩になった。
佐藤優樹が社会性を獲得するとともに、失ったものも多いかも知れない。
加入後、北海道の友人たちは「まーちゃんが変わってしまった」と嘆いたという。
人間がもともと持つ清濁を、ありのまま持っていた佐藤優樹。
彼女が、芸能人、社会人として矯正されゆくことに、一抹の寂しさはある。
だが、ステージに立てば、佐藤優樹は再び野生に還る。
今日もまた、誰かの、孤独な魂を救うために、吠え続ける。
注がれた愛に、愛で応えるために、走り続ける。
いつ限界を迎えるともわからない、少女アイドルの宿命を背負いながら。